ドバイ移民社会研究会(Dubai Migrant Societies Study Group)は下記の研究助成を受けて、
2008~2011年度に次のような研究活動を行いました。
ドバイで働くフィリピン女性のアイデンティティの再編-キリスト教徒とムスリムの比較
Filipino Diasporas in an Open City in the Gulf States
科学研究費補助金 基盤研究(B) 2008~2010
課題番号:20401007
(1)研究代表者
細田 尚美(HOSODA NAOMI)
香川大学・インターナショナルオフィス・講師
(2)研究分担者
アビナレス PN(ABINALES P.N.)
京都大学・東南アジア研究所・教授
石井 正子(ISHII MASAKO)
大阪大学・グローバルコラボレーションセンター・特任准教授
渡邉 暁子(WATANABE AKIKO)
東洋大学・社会学部・助教
(H19研究協力者→H20研究分担者)
(3)研究協力者
堀拔 功二(HORINUKI KOJI)
京都大学・大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・博士課程
フィリピンは、メキシコとならぶ現代の海外出稼ぎ大国として知られる。
同国では現在、人口の1割にあたる800万人が世界の180を超える国・地域で働いている。
このような活発な海外出稼ぎ現象にともない、フィリピン人移民を対象とした研究の数も増加した。
ところが、従来の研究は、フィリピンが100以上の民族集団で構成されているにもかかわらず、
フィリピン人移民を「フィリピンからの移民」として単一のイメージで描くにとどまっていた。
こうした先行研究の動向を踏まえ、本研究は、アラブ首長国連邦(以下UAE)のドバイで働く2つの民族集団の海外出稼ぎの経験とアイデンティティの再編を比較検討することを目的とした。
2つの民族集団は、東ビサヤ地方のキリスト教徒とミンダナオ島南西部のムスリムである。
フィリピンでは1970年代以降、フィリピン政府軍と少数派のムスリム中心の武装勢力との間で紛争が続いている。
そのような状況のもとで、本研究は、両民族の出身者がマニラやドバイといった新たな社会環境で、
ムスリムあるいはキリスト教徒、さらには他国出身者らとともに働くという経験をとおして、
それぞれの民族、宗教、階級、女性としてのアイデンティティが再編される過程を実証的に考察した。
本研究の結果、ドバイでは職場や公共空間などにおけるフィリピン人同士の日常的な交流活動を通じて「フィリピン人」としてのアイデンティティが強まる傾向がみられる一方、
階層や宗教が異なる場合は交流の機会が限定的であることが明らかとなった。
特に、本国における社会経済的状況に大きな差があるムスリムの女性家事労働者とそれ以外のフィリピン人との間の交流が非常に少なかった。
このことにより、フィリピン人移民を「フィリピンからの移民」として単一のイメージで捉えられない状況を示した。
くわえて、両国政府や移民保護を訴える市民団体に対しても、一国民を単一視するのではなく、
階層や宗教などのいくつかの社会的属性を考慮に入れて政策を決めなくてはならない点を指摘した。
さらに、フィリピン人と他の国籍の外国人労働者との交流は全体としては少ないが、
建設労働者や家事労働者などの間では連帯する意識もみられ、宗教施設や学校を通じた交流の空間も存在していることも浮き彫りになった。
したがって、在UAEの外国人は、同国の非定住型外国人受け入れ政策のために国籍によって所属意識と社会活動が分断されているとはいえず、
宗教や階層などの別の基軸を中心に新たなアイデンティティ意識が芽生える場になっている点についても示唆した。
以上の成果を湾岸研究国際学会(英国エクセタ大学)で発表したところ、フィリピン語やアラビア語を駆使し、
湾岸の最も積極的な受け入れ国(UAE)においてアジアの最も積極的な送り出し国(フィリピン)からの労働者の生きる空間を、
階層や宗教といった差異を考慮しながら、本人たちの主体性も視野に入れて描いた貴重な研究であるとして国外の湾岸地域研究者から高い評価を得た。
さらに、3年間の研究成果を当事者らも含めた国際社会全体に向けて公表することを目的に、
2011年3月に本研究課題の研究対象国であるUAEの首都アブダビにて国際ワークショップを開催し、
同国在住の中東、インド、フィリピン出身の研究者、政府関係者、フィリピン人団体代表者の前で発表し評価を受けたとともに、今後の研究課題を討論した。
本ワークショップの研究発表ならびに討論の内容や他の参加者からの寄稿文は「ドバイ移民社会研究会調査研究報告書」として2011年3月に出版した。
This study looked into experiences of Filipinos working in Dubai, United Arab Emirates,
and compared identity reconstruction between two ethnolinguistic groups,
namely Christians from the Eastern Visayas and Muslims from the South-Western Mindanao.
It argued that, through everyday contacts in this global city, their identity as “Filipinos” was likely to be strengthened,
although sometimes class and religious differences may lessen such contacts.
Contacts between Christian Filipinos and Muslim Filipina domestic workers were found least likely to happen except emergency cases,
due to the disparity in their socio-economic conditions prior to the departure.
■2008年度
【第1回研究会】
[共催:映像なんでも観る会]
期日:2008年6月5日 場所:京都大学 映画上映:フィリピン映画『ドバイ』
報告者:
Koji Horinuki (Kyoto University)
“Expatriate Workers in the United Arab Emirates: Contemporary Situation”
Patricio N. Abinales (Kyoto University)
“Report on Families and Agencies of Dubai-bound Migrants in Mindanao”
Masako Ishii (Osaka University)
“Report on NGOs, scholars and agencies in Manila”
【第2回研究会】
期日:2008年10月11日(土) 場所:京都大学
報告者:
福田安志(アジア経済研究所)
「湾岸諸国における移民労働者:フィリピン人移民を中心に」
松川恭子(奈良女子大学)
「インド・ゴアのキリスト教徒のドバイへの出稼ぎと生活の現状」
堀拔功二(京都大学)
「ドバイにおける社会・経済変容と外国人労働者:基本的認識と研究課題の提示」
細田尚美(京都大学)
「フィリピン・キリスト教徒の国内外への移動:サマール島民の例」
石井正子
「フィリピン・ムスリム女性の中東諸国への出稼ぎ労働:サランガニ地方の例を中心に」
渡邉暁子(京都大学)
「マニラにおけるフィリピン・ムスリムと海外就労」
【第3回研究会】
期日:2009年1月17日(土) 場所:京都大学
報告者:
辻上奈美江(アジア防災センター)
「マダムとシャッガーラ:湾岸諸国の外国人労働者とジェンダー問題」
嶋田ミカ(龍谷大学)
「湾岸諸国におけるアジア女性労働者をめぐる諸問題:インドネシア人とスリランカ人を中心に」
■2009年度
【第1回研究会】
[共催:映像なんでも観る会、フィリピン社会研究会]
期日:2009年4月15日(水)場所:京都大学
内容:フィリピン映画『フロール事件』『サラ・バラバガン事件』上映
コメント:内田晴子(京都大学)
【第2回研究会】
期日:2009年9月18日(土) 場所:京都大学
報告者:
細田尚美(京都大学)
「『オープン・シティ』の発展:ドバイ在住フィリピン人の移住過程から」
石井正子(大阪大学)
「『オープンシティ』の閉じられた空間:家事労働者がみるUAE」
渡邉暁子(東洋大学)
「中東行き出国前準備セミナーの諸形態と展開」
堀拔功二(京都大学)
「アラブ首長国連邦における出入国・居住・労働法に関する制度的変遷」
【第3回研究会】
期日:2009年12月19日(土) 場所:京都大学
報告者:
松尾昌樹(宇都宮大学)
「湾岸アラブ型エスノクラシー:バハレーンとクウェイト、カタルの事例から」
平野恵子氏(お茶の水女子大学大学院)
「移住労働者として働きに出ること・出すこと:インドネシア・チアンジュールを事例として」
■2010年度
【国際会議報告】
会議名:The 2010 Exeter Gulf Studies Conference
期日:2010年6月30日(水)~7月3日(土)
場所:University of Exeter, the United Kingdom
報告者:
Koji Horinuki (Kyoto University)
“The Dynamics of Human Flow, Control, and Problems in the UAE:The Relationship between Labour-Sending and Receiving Countries in 2000s’”
Akiko Watanabe (Toyo University)
“The Pre-Departure Orientation Seminars: A Way of Protecting Prospective Overseas Filipino Workers?”
Naomi Hosoda (Kagawa University)
“Border Control and Filipino Expatriates Pursing ‘Dubai Dream’”
Masako Ishii (Osaka University)
“Moving Through Layers of Complex Disparities: Experiences of Muslim Filipina Domestic Workers in the UAE”
【国際会議開催および報告】
期日:2011年3月3日(木)
場所:Crowne Plaza Hotel, Abu Dhabi, UAE
Keynote Speech by Dr. Hector Morada (The Emirates Center for Strategic Studies and Research)
“Overview of Overseas Filipino Workers in the UAE”
報告者:
Koji Horinuki (Kyoto University/The Institute of Energy Economics, Japan)
“International Labour Mobility and Institutional Change in the Gulf Countries”
Akiko Watanabe (Toyo University)
“How Well-Informed am I? Preeminence and Challenges of the Pre-Departure Orientation Seminars to the Workers Bound for the ‘Middle East’”
Naomi Hosoda (Kagawa University)
“Filipino Workers in Dubai: Strategies and Realities”
Masako Ishii (Osaka University)
“Moving Through Layers of Complex Disparities: Why Do Muslim Filipina Become Vulnerable Domestic Workers in the UAE?”
コメンテーター:
Ms. Noora Lori, Visiting Scholar of Dubai School of Government
Ms. Sally M.T. Yauder, Treasurer of Overseas Filipino Civil Engineers Association and Founder of Calbayognon
Dr. N. Janardhan, Research Analyst of UAE Ministry of State for Federal National Council Affairs
【第1回研究会】
期日:2010年6月13日(日) 場所:香川大学
報告者:
Koji, Horinuki (Kyoto University)
“The Dynamics of Human Flow, Control, and Problems in the United Arab Emirates: The Relationship between Labour-Sending and Receiving Countries”
Akiko, Watanabe (Toyo University)
“The Pre-Departure Orientation Seminars: A Way of Protecting Prospective Overseas Filipino Workers?”
Naomi, Hosoda (Kagawa University)
“Border Control and Filipino Expatriates Pursing ‘Dubai Dream’”
Masako, Ishii (Osaka University)
“Moving through Complex Disparities: How the Experiences of Domestic Workers in the Gulf States Change Their Identities―A Case of Muslim Women from the Philippines”
【第2回研究会】
期日:2010年7月30日(金)~31日(土) 場所:高知女子大学
報告者:
辻上奈美江(高知女子大学)
「アブダビ・ドバイに魅せられた外国人労働者たち」
細田尚美(香川大学)
「2010年湾岸国際学会に関する報告、および2008年以降の本研究会活動のまとめ」
堀拔功二(京都大学)
「アブダビ国際ワークショップ企画案」
石井正子(大阪大学)
「2011年度以降の研究プロジェクト助成申請計画」
渡邉暁子(東洋大学)
「フィリピン海外就労者向け渡航前セミナーのビデオ鑑賞と解説、および同セミナーにおけるアンケート結果報告」
細田尚美(香川大学)
「フィリピン映画『ドバイ』(2005)鑑賞と解説」
【第3回研究会】
期日:2010年9月29日(水) 場所:東洋大学
報告者:
堀拔功二(京都大学)
「アブダビ国際ワークショップ計画に関する経過報告」
渡邉暁子(東洋大学)
「フィリピン移民研究の最新動向分析」
細田尚美(香川大学)
「ディアスポラ研究の最新動向分析」
堀拔功二(京都大学)
「中東湾岸地域の多民族社会に関する研究の最新動向分析」
石井正子(大阪大学)
「2011年度以降の研究プロジェクト計画」
■細田尚美 | |
2011. | 「UAEにおける外国人労働者の受け入れ体制と就労の現状」笹川平和財団「人口変動の新潮流への対処」笹川平和財団 「人口移動の新潮流への対処」『外国人労働者問題をめぐる資料集III』(近刊) |
2010. | 「海外就労先を開拓し続けるフィリピン」笹川平和財団「人口移動の新潮流への対処」『外国人労働者問題をめぐる資料集I』99-133 |
■石井正子 | |
2010. | 「フィリピンの開発過程と女性労働政策:「移民労働の女性化」があたえた影響について」 『開発の社会史:東南アジアにみるジェンダー・マイノリティ・境域の動態』風響社, 187-224. |
<シンポジウムプロシーディングス> |
2010. | “Moving through Multiple Layers of Complex Disparities: Experiences of Muslim Filipina Domestic Workers in the Arab Gulf States”. In Fumiko Oshikawa ed. Linkage of Disparities Reorganization of Power and Opportunities in the Globalized World, 85-98. Center for Integrated Area Studies, Kyoto University. |
■渡邉暁子 | |
2011. | 「『オープンシティ』におけるフィリピン・ムスリム-アラブ首長国連邦の事例」『白山人類学』13:117-123. |
2010. | 「海外就労するマニラのムスリム女性の生活戦略」『文化と紛争』(アフラシア叢書第3巻)龍谷大学アフラシア平和開発研究センター.ミネルヴァ書房. |
■堀拔功二 | |
2011. | “Administrative Reform and the Globalisation Strategy in Dubai: A Study of Double-Edged Development from 1990 to 2009”, Annals of Japan Association for Middle East Studies, 26(2): 1-32. |
2011. | “Controversies over Labour Naturalisation Policy and Dilemma: 40 Years of Emiratisation in the United Arab Emirates”, Kyoto Bulletin of Islamic Area Studies. Center for Islamic Area Studies at Kyoto University, 4(1).(採録決定済) |
2009. | 湾岸アラブ産油国における外国人労働者問題と国内政治の変容――アラブ首長国連邦を事例に」日本比較政治学会(編)『国際移動の比較政治学』(日本比較政治学会年報第11号)ミネルヴァ書房, pp. 69-91. |
2009. | 「アラブ首長国連邦における国家変容と『国民』形成――国籍法と結婚基金政策を事例に」『日本中東学会年報』25(1): 83-111. |
■Patricio N. Abinales | |
2010. | Orthodoxy and History in the Muslim Mindanao Narrative. Ateneo de Manila University Press. |